肺魚の嗅覚器における2型鋤鼻受容体の発現

掲載日2024.10.22
最新研究

農学部 共同獣医学科
准教授 中牟田 信明
獣医解剖学

概要

岩手大学農学部の中牟田信明准教授らは、東京科学大学の二階堂雅人准教授らと共同で肺魚の嗅覚器に発現する2型鋤鼻受容体遺伝子を同定し、嗅覚器におけるそれらの発現部位を解析することによって、肺魚の2型鋤鼻受容体がラメラ嗅上皮(他の魚の嗅上皮と似た嗅覚器)に発現するものと、陥凹部上皮(四足動物の鋤鼻器と似た嗅覚器)に発現するもの、およびラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現するものの3つに分類されることを明らかにしました。両生類のツメガエルでは2型鋤鼻受容体が嗅上皮に発現するものと鋤鼻器に発現するものの2つに分類されることなどから、肺魚は嗅上皮と鋤鼻器との間で2型鋤鼻受容体遺伝子の発現が完全に分離する途中段階にあることが示唆されます。今後、さらに嗅覚受容体遺伝子の発現を解析することで、脊椎動物の進化を解明するための研究成果が期待されます。
本研究は、2024年9月30日に米国Springer社の「Cell and Tissue Research」で公開されました。

研究成果のポイント

  • 肺魚の嗅覚器に発現する2型鋤鼻受容体遺伝子をRNAシーケンスによって同定し、それらの嗅覚器における発現部位をin situハイブリダイゼーションによって明らかにしました。
  • 肺魚の2型鋤鼻受容体はラメラ嗅上皮にしか発現しないもの、陥凹部上皮にしか発現しないもの、およびラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現するものに分類されることが分かりました。

背景

私たちヒトを含めたあらゆる動物は、嗅覚器に分布する嗅細胞と、嗅細胞に発現する嗅覚受容体を介して環境中の化学物質を受容しています。
四足動物の嗅覚器は多くの場合に嗅上皮(主嗅覚器)と鋤鼻器(副嗅覚器)からなり、哺乳類では嗅上皮と鋤鼻器に線毛性嗅細胞と微絨毛性嗅細胞が分かれて分布しています。一方、魚類では線毛性嗅細胞と微絨毛性嗅細胞が嗅上皮に混在し、鋤鼻器は存在しません。
嗅覚受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体で、その主なものには匂い受容体、微量アミン関連受容体、1型鋤鼻受容体、および2型鋤鼻受容体があります。
肺魚は肉鰭類に属する魚で、四足動物に最も近い魚として知られています。肺魚の嗅覚器はラメラと呼ばれるひだ状構造と、ラメラの付け根に位置する陥凹部とからなり、ラメラの表面をラメラ嗅上皮がおおい、陥凹部を陥凹部上皮が裏打ちしています。嗅細胞の微細形態学的特徴や組織化学的特徴は、ラメラ嗅上皮が他の魚の嗅上皮、陥凹部上皮が四足動物の鋤鼻器に似た嗅覚器であることを示しています。
これまで、肺魚の2型鋤鼻受容体がラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現していることは様々な証拠から示唆されていましたが、ラメラ嗅上皮と陥凹部上皮とで2型鋤鼻受容体が同じように発現しているのか、それとも両者に異なる2型鋤鼻受容体が発現しているのかは不明でした。

研究内容

本研究ではアフリカ肺魚プロトプテルス?アネクテンスの嗅覚器における2型鋤鼻受容体の発現を調べるため、嗅覚器のRNAシーケンス解析を実施し、123の2型鋤鼻受容体遺伝子を同定しました。
次に、それらの中から21の2型鋤鼻受容体遺伝子を選んでPCRクローニングした後、RNAプローブを合成し、これらのプローブを用いたin situハイブリダイゼーション解析により、嗅覚器における各遺伝子を発現した細胞の局在を可視化しました。
さらに、ジゴキシゲニン標識プローブとフルオレセイン標識プローブを用いた2重in situハイブリダイゼーションによって、2型鋤鼻受容体とGαo(2型鋤鼻受容体と共役するGタンパク質)、Gαi2(1型鋤鼻受容体と共役するGタンパク質)、およびGαolf(匂い受容体と共役するGタンパク質)との共発現を調べました。

研究成果

肺魚の2型鋤鼻受容体は、四足動物でみられるtetrapod-likeなものと、魚類でみられるfish-likeなものの両方を含んでおり、魚と四足動物の中間に肺魚は位置付けられました。
in situハイブリダイゼーションでは、ラメラ嗅上皮にしか発現していない2型鋤鼻受容体と陥凹部上皮にしか発現していない2型鋤鼻受容体に加えて、ラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現している2型鋤鼻受容体が見つかりました。このことは、肺魚における2型鋤鼻受容体の発現が、嗅上皮に発現する2型鋤鼻受容体と鋤鼻器に発現する2型鋤鼻受容体に分離する途中段階にあることを示唆しています。
さらに、2重in situハイブリダイゼーションによって、2型鋤鼻受容体はGαoと共発現するが、Gαi2やGαolfとは共発現しないことが示され、肺魚の2型鋤鼻受容体遺伝子にコードされたタンパク質は機能的な鋤鼻受容体として存在していることが示唆されました。
また、2型鋤鼻受容体のアミノ酸配列に基づいた系統樹において、陥凹部上皮にしか発現しない2型鋤鼻受容体と、ラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現する2型鋤鼻受容体は1つのクレードに集中しており、これらの受容体は肺魚の祖先に存在していた単一ないし少数の2型鋤鼻受容体から派生したものである可能性が示唆されました。

図1 肺魚2型鋤鼻受容体の系統樹:肺魚の2型鋤鼻受容体にはラメラに発現するもの、陥凹部上皮に発現するもの、およびラメラと陥凹部上皮の両方に発現するものが存在する。(左上)肺魚頭部の模式図。頭部吻側端にある左右一対の鼻嚢は、前鼻孔で外界と、後鼻孔で口腔と連絡している。
図2 肺魚嗅覚器の構造:左)鼻嚢矢状断の実体顕微鏡像。鼻嚢内部に10数枚のひだ(ラメラ)が並んでいる。(中央)ヘマトキシリン?エオジン染色像。ラメラの基部には陥凹部 recessが位置している。(右)ラメラと陥凹部の高倍像。ラメラの表面をラメラOEがおおい、陥凹部を腺上皮(赤色部分)と陥凹部上皮が裏打ちしている。

今後の展開

脊椎動物が魚から四足動物へ進化する間に線毛性嗅細胞と微絨毛性嗅細胞が分かれて分布するようになり、解剖学的に嗅上皮から独立した器官である鋤鼻器は誕生したと考えられています。
四足動物では一般に嗅覚受容体が嗅上皮と鋤鼻器に分かれて発現し、哺乳類の匂い受容体と微量アミン関連受容体は嗅上皮、1型および2型鋤鼻受容体は鋤鼻器に発現しています。両生類のツメガエルには哺乳類型嗅上皮(線毛性嗅細胞が分布する)と魚類型嗅上皮(線毛性嗅細胞と微絨毛性嗅細胞が混在する)が存在し、2型鋤鼻受容体は魚類型嗅上皮に発現するものと鋤鼻器に発現するものとに明確に区別されます。
本研究で示されたように2型鋤鼻受容体がラメラ嗅上皮にしか発現しないもの、陥凹部上皮にしか発現しないもの、およびラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現するものに区別されることは、肺魚が魚と四足動物の中間に位置付けられることを示唆しており、1型鋤鼻受容体を発現する細胞のほとんどがラメラ嗅上皮に分布し、陥凹部上皮にはごくわずかしか分布していないことを示した過去の研究結果( Acta Histochem 2023, J Comp Neurol 2023, Zoological Lett 2023)とも一致します。
今後、さらに嗅覚受容体遺伝子の発現を解析することで、脊椎動物の進化を解明するための研究成果が期待されます。

掲載論文

題目:Type 2 vomeronasal receptor expression in the olfactory organ of African lungfish, Protopterus annectens (アフリカ肺魚プロトプテルス?アネクテンスの嗅覚器における2型鋤鼻受容体の発現)
著者:Shoko Nakamuta (中牟田祥子?岩手大学農学部 特任研究員), Zicong Zhang (張 子聡?京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点), Masato Nikaido (二階堂雅人?東京科学大学生命理工学院), Takuya Yokoyama (横山拓矢?岩手大学農学部), Yoshio Yamamoto (山本欣郎?岩手大学農学部), Nobuaki Nakamuta (中牟田信明?岩手大学農学部)
誌名:Cell and Tissue Research
公表日:2024年9月30日
DOI: https://doi.org/10.1007/s00441-024-03918-2

用語解説

  • 線毛性嗅細胞と微絨毛性嗅細胞
    嗅細胞は微細形態学的特徴に基づいて線毛性嗅細胞と微絨毛性嗅細胞に分類される。線毛性嗅細胞は樹状突起の先端に線毛をもち、微絨毛性嗅細胞は線毛を欠き微絨毛をもつ。嗅覚受容体の発現と、嗅細胞の微細形態学的特徴には魚類から哺乳類まで保存された一定の関係があり、匂い受容体と微量アミン関連受容体は線毛性嗅細胞、1型および2型鋤鼻受容体は微絨毛性嗅細胞に発現している。
  • RNAシーケンス
    次世代シーケンサーを用いて組織に発現したRNAの塩基配列情報を読み取る方法。本研究では肺魚の嗅覚器から抽出したRNAをRNAシーケンス解析した。
  • In situハイブリダイゼーション
    スライドグラスに付着させた組織切片上で核酸?核酸ハイブリダイゼーションによって特定の核酸の局在部位を決定する方法。本研究ではRNAプローブを使用して組織切片中のmRNAを検出した。目的のmRNAと相補的な配列をもつRNAプローブは、クローニングした遺伝子のDNA断片を鋳型にin vitroで合成した。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
?文部科学省科学研究費補助金?基盤研究(C)「ハイギョの原始的鋤鼻器における2型鋤鼻受容体および発生関連遺伝子の発現解析」研究代表者:中牟田 祥子

本件に関する問い合わせ先

農学部 共同獣医学科
准教授 中牟田 信明
nakamuta@iwate-u.ac.jp
019-621-6204