岩手大学理工学部 物理?材料理工学科 マテリアルコース
助教 清水一行
材料強度学、放射光X線イメージング、アルミニウム合金、水素脆性
高強度アルミニウム合金には、水素脆化や応力腐食割れなどの現象が生じて材料に環境の悪影響があり、また長期間使用する時の信頼性も問題になります。アルミニウムをさらに高強度化しようとすると、これらの現象が著しく生じ、高強度化が阻まれていました。
九州大学大学院工学研究院の戸田裕之主幹教授、ワンヤフェイ特任助教、岩手大学の清水一行助教らは、原子レベルのシミュレーションを行い、これまで実用されていなかったナノ粒子(T相と呼ばれる)がその内部に水素を強力かつ大量に吸蔵できることを発見しました。また、現在アルミニウムの強化のために用いられているナノ粒子(η:イータと呼ばれる)の一部をTナノ粒子に置き換えることで、水素脆化などが有効に防止できました。これにより、アルミニウムの強度や靱性などを犠牲にすることなしに、水素によって脆化しない高強度アルミニウムを創成することができました。
さらに研究グループは、高輝度光科学研究センターや京都大学の研究グループと共同で大型放射光施設SPring-8の高分解能X線CTを用いた実験を行い、高強度アルミニウム合金の破壊過程を4D観察することでシミュレーションの結果を検証しました。得られた画像に高度な画像解析を施すことで、アルミニウム中の水素の分布を精密に求めました。従来の高強度アルミニウムでは、水素がηナノ粒子の表面に集中して材料の損傷をもたらしていました。しかし、ηナノ粒子の一部をTナノ粒子に置き換えた場合、Tナノ粒子の内部に水素が大量に蓄えられ、これと引き替えにηナノ粒子に引きつけられる水素が劇的に減少しました。これにより、水素脆化の発生を効果的に防止することができました。また、仮に水素脆化により亀裂が発生したとしても、破壊の進行を強力に抑えることができました。これらは、水素によって脆化しない高強度アルミニウムを実現するための鍵を握る、重要な物理メカニズムです。
Tナノ粒子の生成には新たな元素の添加は必要とせず、特殊な装置を用いることもありません。以前から用いられている安価な合金元素であるマグネシウムの濃度を現在より少し増やすか、熱処理の温度を少し引き上げるなどだけでηナノ粒子の一部をTナノ粒子に「切り替える」ことができます。したがって、Tナノ粒子の利用は、工業的にも実用可能な技術になると期待されます。
この研究成果は、11月18日(金)午後7時(日本時間)に国際誌『Nature Communications』に掲載されました。
掲載誌:Nature Communications
論文名:Switching nanoprecipitates to resist hydrogen embrittlement in high-strength aluminum alloys(和訳:高強度アルミニウム合金における耐水素脆化ナノ粒子への切り替え)
著 者:Yafei Wang, Bhupendra Sharma, Yuantao Xu, Kazuyuki Shimizu, Hiro Fujihara, Kyosuke Hirayama, Akihisa Takeuchi, Masayuki Uesugi, Guangxu Cheng, Hiroyuki Toda
DOI:10.1038/s41467-022-34628-4
本研究は、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)CREST、JPMJCR1995の支援を受けたものです。また、本研究の一部は、JSPS科研費 JP21H04624の助成を受けています。
本研究成果の詳細は、以下のプレスリリースをご覧ください。