農学部 附属寒冷フィールドサイエンス教育研究センター
由比 進
野菜、園芸、育種、栽培、気象、遺伝、教材
?ハクサイは、早春にタネを播いて加温(暖房)せずに栽培すると、玉をつくらずに菜の花を咲かせて収穫できなくなります(写真右、×)。
?ハクサイ新品種「いとさい1号」は、世界最高峰の花を咲かせにくい性質(晩抽性)持っています(写真左、○)。
?加温や保温が不要になり、生産コストや環境負荷を低減した安定生産を実現します。
?1983年に研究を開始し、2005年から岩手大学、株式会社サカタのタネ、国立研究開発法人農業?食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)、岩手県、以上4者が共同研究を進めて新品種を育成しました。
ハクサイなどアブラナ科の葉根菜類?? を早春にタネ播きすると、葉をつくっている生長点が低温によって花をつくるように変化し、花茎が急速に伸びて開花するようになります。これは抽だい(とう立ち)?? と呼ばれる現象で、栄養分が花茎に奪われて葉の生育が不十分となり結球(玉になること)が進まず、場合によっては収穫不能になります。抽だいを防ぐためには、タネ播き後しばらく加温(暖房)して苗を育てたり、畑でビニールトンネル被覆をしたりして、低温に遭遇させない栽培が行われています。早春~春播きのハクサイ作型?? において、エネルギー投入を不要にして栽培コストと環境負荷を低減させつつ安定した収穫が得られるように、これまでの品種より抽だいしにくい晩抽性?? 品種の育成が求められてきました。
私達の晩抽性品種の開発は、1983年に当時の農水省野菜試験場(三重)で始められました。その後2005年から、農研機構、岩手大学、株式会社サカタのタネ、岩手県、以上4者による共同研究が続けられてきました。その間、在来品種?? である「大阪白菜晩生(おおさかしろなばんせい)」?? の中に特異な晩抽性を見出して利用開発を進め、2021年に世界最高峰の晩抽性を持つハクサイ品種の育成に至りました。
研究開始から約40年をかけて、以下の3つの成果をあげました。
(1)結球しないツケナ在来品種「大阪白菜晩生(おおさかしろなばんせい)」から選抜して、特異な晩抽性をもつ「つけな中間母本?? 農2号」を育成(1997)。
(2) DNAマーカー?? による晩抽性の選抜手法(遺伝子診断技術)を開発(2014)。
(3) 上記の2つの成果を活用し、世界最高峰(たぶん、世界一)の晩抽性ハクサイ品種「いとさい1号」を育成して品種登録?? 出願(2021.10)。
晩抽性 : 写真1は、2020年3月にタネ播きした「いとさい1号」、写真2は同じ日に播いた既存の晩抽性ハクサイ品種です。このタネ播き時期だと、生育初期から低温に遭遇するため、既存の晩抽性ハクサイ品種であっても抽だいが進みます。このため、写真2の矢印で示したように花茎が20cm以上に伸長して結球が乱れ、商品になるハクサイを収穫することができません。一方、写真1の「いとさい1号」の花茎は5cmほどしか伸びておらず、きれいに結球したハクサイを収穫することができます。
葉の品質 : 「いとさい1号」は、サカタのタネから市販されているハクサイ品種「タイニーシュシュ」に晩抽性を持たせた新品種です。「いとさい1号」は「タイニーシュシュ」と同様に葉の表面に毛が生えない特性をもっており、従来のハクサイではあまり行われなかった生食にも適しています。これによって生食できるハクサイの周年安定出荷が実現し、野菜消費が増えることを期待しています。
品種登録出願 : 2021年10月4日
同 出願公表 : 2022年3月1日
同 出 願 者 : 国立大学法人 岩手大学
株式会社サカタのタネ
国立研究開発法人 農業?食品産業技術総合研究機構
岩 手 県
岩手大学滝沢農場の他に、共同育成者である岩手県の農業研究センター(北上市)および県北農業研究所(軽米町)においても試作を行っています。今後は、さらに試作を増やしながら「いとさい1号」の商品性について確認を進め、種子の販売を検討していきます(販売開始時期は未定)。
「いとさい1号」は既存のハクサイ実用品種の中ではおそらくもっとも抽だいしにくい、世界最高峰の晩抽性を持っています。しかしながら、これはとりあえずの世界最高峰。私達は「いとさい1号」を上回る晩抽性品種の実用化をめざして、研究を進めていきます。
? 平成19年度夢県土いわて 戦略的研究推進事業
「寒冷地における冬~春野菜生産を可能にする新品種?作型の開発」
研究代表者 : 由比 進(2005.8.1~2008.3.15)
? 科学技術振興機構(JST) 重点地域研究開発推進プログラム(育成研究)
「長日要求性素材と遺伝子解析を応用したアブラナ科極晩抽性品種の開発」
研究代表者 : 由比 進(2009~2011)
? 科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム シーズ育成タイプ
「長日要求性素材と遺伝子解析を応用したアブラナ科極晩抽性実用品種の開発」
研究代表者 : 加々美 勉(2012~2017)