農学部 植物生命科学科
准教授 川原田 泰之
植物-微生物相互作用学
窒素( N)は、植物を構成するための必要な元素の一つです。植物は、この窒素源をアンモニウムイオン(NH4+)や硝酸イオン(NO3-)の窒素化合物の形態で土壌から吸収し、DNAやRNA、そしてアミノ酸の合成に使用しています。また、植物の光合成に欠かせないクロロフィルも窒素を使って合成しています。一方で、植物体内の窒素が不足すると葉は黄化し最終的に枯れてしまいます。このように植物の生育には窒素を欠かすことができません。このため私たちは、植物を育てる時に硫安、硝安や尿素などの窒素肥料を施肥して植物を健全に育てています。
空気中の約8割は、窒素分子(N2)で占められています。無味無臭なため普段気にすることはありませんが、窒素は私たちの周りにたくさん存在しています。しかしながらこの窒素は、2つの窒素原子が3重結合(N≡N)して安定した構造を保つため、植物は空気中の窒素分子を利用することができません。植物が、この窒素分子を使うことができれば窒素肥料が要らなくなるのではないでしょうか。
畑で育てた大豆や、公園に生えているシロツメクサなどマメ科植物は身近な存在です。これらの植物の根を観察してみると、コブ状の組織を見つけることができます(図1)。これは『根粒』と呼ばれる組織で、マメ科植物に見られる特徴的な優良形質の一つです(その理由は次で示します)。根粒は、マメ科植物の種類によって様々な形を示します(図2)。これらは、異常な形態にも見えますが決して病気ではありません。
マメ科植物が根粒を形成するためには、土壌細菌の一種である根粒菌との相互作用が鍵となっています。すなわち物質を介したマメ科植物と根粒菌との分子コミュニケーションです。この相互作用で用いられる物質は、マメ科植物が保有するフラボノイド類や、根粒菌が保有する低分子化合物のNod因子やEPS因子、そして、エフェクタータンパク質などが明らかとなっています。また、これらの相互作用物質の同定と並行して、相手側がこれらの物質を認識するための受容メカニズムの研究も進められています。このような物質を介したマメ科植物と根粒菌との相互作用は、根粒形成を誘導し、根粒菌の根粒内部への侵入を促進します(図3)。
根粒内に侵入した根粒菌は、ニトロゲナーゼを使って空気中の窒素分子からアンモニウムイオン(アンモニア)を生産することができます。これは共生窒素固定と呼ばれ、このアンモニウムイオンは宿主植物に提供されます。一方で、宿主となるマメ科植物は、光合成産物を根粒菌に供給することで互いに有益な共生関係が成立します。このようにマメ科植物は、窒素化合物が不足した土地においても、根粒を形成させて根粒菌と共生することで空気中の窒素分子を使うことが可能となっています。一方で、工業的にも窒素分子を使ったアンモニアの生産は可能です。ハーバーとボッシュによって開発された合成システムは、高温高圧( 400から600℃、200から1,000atm)の特殊な条件下で窒素分子と水素分子からアンモニアを生成します。ハーバー?ボッシュ法のアンモニア生成は多大なエネルギーを必要とするのに対し、根粒の中で根粒菌が行う共生窒素固定は、常温常圧の条件で行われるため非常に効率的であることが簡単に想像できると思います。
被子植物の一部に分類されるマメ科植物は、草本から木本まで幅広く19,500種ほどが同定されている一大群衆です。これら多くのマメ科植物は、根粒菌との共生相互作用によって根粒を形成することができます。2で述べたように、マメ科植物と根粒菌は、相互作用を通じて様々な物質の授受を行っています。これらの物質の授受は、根粒共生を進めていく一方で、双方間の〝好み?を決定するメカニズムにも直結しています。これは、全てのマメ科植物と根粒菌との間でランダムに共生を成立されることができない仕組みで、共生を可能とする互いの範囲が限定された宿主特異性となっています。
私たちは、マメ科植物特有の根粒共生の分子メカニズムの解明に取り組んでいます。なぜマメ科植物だけがこのような能力を獲得したのか、どのような物質の授受が相互作用に重要なのか?宿主特異性はどのように決定されるのか?これらの分子メカニズムは、まだまだ解らないことがたくさんあります。また、マメ科植物と根粒菌との共生窒素固定は窒素肥料の軽減に繋がる優良形質であり、このメカニズムを明らかにすることは、農業現場の観点からも重要となっています。将来、マメ科植物以外の植物(作物)にも根粒形成を付与させて、窒素肥料の軽減や持続性農業の実現に繋げることが可能になることを夢見ています。